遠隔知覚(Remote Perception)とは、自分自身の肉体で直接に見たり、聞いたり、触ったりすることができない距離にある対象を、あたかもその対象のすぐそばにいるかのような感覚で見たり、聞いたり、触ったりすることです。
このように言うと、遠隔知覚は、超心理学やSFのテーマのように感じられますが、後で説明する通り、AV技術、ICT技術、無人移動体技術の進歩によって、現実のものになりつつあります。そして、これら遠隔知覚を可能にする技術の集まりこそが、RPT(Remote Perception Technologies=遠隔知覚技術)にほかなりません。
上の説明を読んで、「テレビの中継放送やテレビ電話も遠隔知覚(遠隔視覚+遠隔聴覚)技術ではないか?」と考える人がいるかも知れません。
しかし、人間の知覚には「随意性」(自分自身の思いのままに見たり、聞いたり、触ったりできること)という特徴があります。特に、視覚では、自分自身の頭部や眼球を動かすことで、あるいは眼球のレンズを調整することで、視点や視野を思いのままに変えることができます。しかし、テレビの中継放送やテレビ電話では、視野は固定されているか、自分以外の誰かによって定められています。このように、テレビの中継放送やテレビ電話によって実現される「見る」ことには「随意性」が欠けています。
また、通常のテレビの中継放送やテレビ電話では、遠隔地の対象は、通常、自分自身の肉体を取り巻く空間の中に存在するディスプレイに映像として表示されるため、「あたかもその対象のすぐそばにいるかのような感覚」、すなわち「臨場感」も不足しています。
このように、テレビの中継放送やテレビ電話では、遠隔地の対象を見ることはできても、遠隔知覚は実現されません。
上のテレビついての検討から、遠隔知覚の必須の要件が「随意性」と「臨場感」であることがわかります。そして、この2つの要件をクリアする技術がドローン(小型無人飛行体)と没入型HMD(Head Mount Display)にほかなりません。
まず、ドローンについては、個人が無線操縦によって自由に飛行させることができるため、ドローンに小型カメラやマイクロフォンを装着する(→空撮ドローン)ことで、「見たいものを見て、聞きたいものを聞く」ことができます(「随意性」の実現)。
一方、没入型HMDは、視野を完全に覆った上で、3次元の映像を見せるため、見ている対象がまるで目の前にあるかのような「臨場感」を実現します。
したがって、各自が空撮ドローンを操縦しながら、空撮ドローンの撮影した映像を没入型HMDで見る(さらにヘッドフォンで音声を聞く)ことによって、「随意性」と「臨場感」をもって遠隔地の対象を見ることができる、すなわち、遠隔視覚(+遠隔聴覚)が実現できるようになります。 | ![]() |
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もっとも、空撮ドローンと没入型HMD (+ヘッドフォン)だけであれば、見る(+聞く)ことができるのは、無線の届く範囲に限られてしまいます。 |
しかし、この視覚範囲を拡大するために技術もすでに存在します。これがIoT(Internet of Things)にほかなりません。すなわち、空撮ドローンという物(thing)をインターネットに接続し、撮影した映像信号(+音声信号)をインターネット経由で没入型HMD (+ヘッドフォン)に送信すれば、原則として、地球上のあらゆる対象を遠隔視覚(+遠隔聴覚)することが可能になるのです。
RPT(遠隔知覚技術)が適用される産業上の利用分野として、真っ先に想定されるのが観光産業です。
観光産業は世界的に成長を遂げつつあり、「21世紀最大の産業」となるとの予測もあります。また、従来の観光地での観光に飽き足らず、より遠隔の観光地や秘境における観光のニーズが高まってきており、さらには、宇宙、深海といったフロンティア空間での観光に対するニーズも勃興しつつあります。
しかし、一般に、遠隔地に赴くためには費用がかかり、さらに秘境やフロンティア空間ともなると、その費用も膨大なものとなります。また、秘境やフロンティア空間での観光では、身体への負担も大きくなるため、遠隔地(さらには秘境やフロンティア空間)の観光を実際に体験できるのは、健康な富裕層に限定され、経済的に豊かでない層や身体的にハンデキャップのある人には無縁の話となっています。また、秘境やフロンティア空間に数多くの観光客が押し寄せると、希少な自然環境や貴重な遺跡が破壊されるという問題が生じます。さらに、フロンティア空間での観光となると、宇宙船や深海船などの破損に伴う多大なリスクが存在します。
しかし、RPT(遠隔知覚技術)を活用すると、より多くの人が、上記のような問題やリスクを伴うことなく、遠隔地(さらには秘境やフロンティア空間)の観光を楽しむことができるようになります。
具体的には、小型の空撮ドローンを遠隔地に多数配備し、それをインターネットに接続することで、空撮ドローンが撮影した映像や採取した音声をライブ配信できるようにします。一方、不特定多数のユーザーは、自宅や一定の施設において、インターネットに接続した没入型HMD(及びヘッドフォン)を装着し、インターネットに接続したコントローラを操作することで、空撮ドローンを遠隔操作し、空撮ドローンからの映像・音声を受信します。これによって、ユーザーは、自宅や一定の施設に居ながら、あたかも遠隔の観光地に滞在しているかのような感覚で、遠隔地の光景、遺跡、建造物等を楽しむことができるのです。
そして、このような新しい観光のあり方が、ドローンツーリズム・ドローンツーリングにほかなりません。
RPT(遠隔知覚技術)を他のICT関連の技術と比較した場合、以下の3つの文化的・社会的・歴史的意義があります。
現在、個人のインターネット利用は、SNS(Social Networking Service)が中心となっていますが、SNSは、結局のところ「ある人の一次的な体験を他の人が二次的にシェアする」ものであって、SNSによって各人の一次的な体験が拡大するわけではありません。
それに対してRPT(遠隔知覚技術)は、「随意性」と「臨場感」が伴う知覚を提供することで、「その人ならではの体験」を可能にします。しかも、従来ならば、多大な費用やリスクを覚悟しなければ実現できなかった「遠隔地(さらには秘境やフロンティア空間)の観光」という貴重な体験を提供しますので、従来のICT関連の技術にはなかった「個人の体験拡大」という意義を有します。
現在、インターネット上で提供される個人向けのサービスは、ほとんどが無料(または非常に安価で)提供されているため、サービスの提供者の収入の大半は、バナー広告等の広告からの収入となっています。しかし、そもそも、社会全体での広告費の総額には制約があるため、結局のところ、従来のインターネット関連のサービス事業は、新聞、テレビ、雑誌等の従来型の広告費を侵食するだけで、社会全体の経済成長にはほとんど寄与していません(せいぜいが、通信事業者(キャリア)の事業規模を拡大するだけの寄与に留まります)。
それに対してRPT(遠隔知覚技術)は、上記の通り、ドローンツーリズム・ドローンツーリングという新たな観光産業を生み出します。そして、この産業では、個人ユーザーが「体験に対する対価」を直接に支払うため個人消費の拡大につながります。しかも、「モノ消費」の場合には資源の消費を伴い、また、通常の「コト消費」の場合には、コトが行われる場所への移動のためのエネルギーの消費が伴いますが、ドローンツーリズム・ドローンツーリングでは、そのような資源・エネルギーの消費は最低限に留まります。このように、RPT(遠隔知覚技術)は、従来のICT関連の技術にはなかった「経済の持続的成長」という意義を有します。
人類は地球の表面に遍く進出し、残されたフロンティアは、海洋(特に深海)と宇宙と言われています。しかし、現実に、このようなフロンティア空間に進出できるのは、研究者や宇宙飛行士(及び個人で宇宙旅行ができる富裕層)に限られます。また、特に、宇宙となると、安全な帰還までを考慮した場合、特殊な訓練を受けた宇宙飛行士であっても、地球の重力圏を超えていくことは非常な困難が伴います。
しかし、RPT(遠隔知覚技術)は、各々のフロンティア空間に適応した無人移動体技術を開発することで、そのような制約や困難なしに、多くの人がフロンティア空間を「体験(→進出)」することができるようになります。そのような意味で、RPT(遠隔知覚技術)は、従来のICT関連の技術にはなかった「人類全体のフロンティア拡大」という意義を有します。